今週のAERAの高村薫のコラムを読んで思ったこと。
氏は震災経験者として、経験者と経験しなかった者との間に溝があると言われてますが、溝の外側にいる人間に言わせてもらえれば、そんな溝はもしかして存在しないんじゃないか、あったとしてもそれはその内側の人々が勝手に掘ったものではないでしょうか。

こんなときに引き合いに出せるのが震災と比べてあまりにも卑小な自分の体験だけというのが口惜しいのですが、そもそも痛みというのは他人のそれと比べられるものではなく、結局は自分史上最大最悪の痛みが基準にならざるを得ないのですから。
店主にとって自分史上最大最悪の痛みは、妹の死でした。
その前後は心も体もボロボロでしたが、当時の友人たちに支えられて何とか社会復帰することができました。そのときの恩義は今も忘れません。すっかり疎遠になってしまいましたが、遠い空の下から感謝しております。
ですが、学部課程を終えて院に進学すると、人間関係はオールリセット。店主の心の傷の存在を知っている人はほぼいなくなりました。学部からの付き合いの担当教授さえも・・・まだ3年の頃のことでしたから。
社会復帰できたといっても心の傷が完治したわけでなく、いわばまだかさぶたの状態。ときおり不用意に誰かが触れては剥がれて傷口が露わになります。血が出るほどではないですが、しくしくと痛むのです。

実際、心の傷を他人に判ってもらうことなんて無理なんじゃないか?
そんなことを言ってしまうと趣旨とは真逆になってしまいますが、でも店主のように、誰とも分け合えないまま独り痛みを抱えている人は多いはず。分け合おうにも同じような経験をして同じような傷を負っている人はそう周りにいないのだ。
だけど、たとえば災害の被災者だったら。
被害が甚大なだけ、同じ経験をした人も数多い。しかもそれ以降も地元を離れなければ、隣近所もみな経験者同士。自ずと痛みを分かち合うこともできる。

ですが、英語の時間に言われたことはありませんか?英作文で‘We, Japanese’と書いてはいけないと。「われわれ日本人は」と言うとき、知らず知らずのうちに日本人の特殊性を特権化し、それ以外の人々を排除してしまうと。
震災の経験を語り継ぐことは大切です。あれからもう15年が経とうとしている今はなおさら。でもそのとき「われわれ被災者は」と語っていないでしょうか?そう言ってしまうと同時に溝が生まれるのです、「経験していないあなたたちには判らないでしょうけど」と。

経験していない人たちにとって、震災は確かに「他人事」だったかもしれません。でもそれは仕方のないこと、店主に不用意な一言を投げかける知人たちのように。だって知らないんです、経験していないんです。被災地以外に住んでいたほとんどの人たちにとってあの震災は、テレビや新聞で知り得たことがすべてだったんですから。
だけどその中には、他人事としてしか知らないことに心を痛めている人もいるはず。そしてたとえその経験は無くても、胸の痛みを分かち合いたいと思っている人も必ずいるはず。

どうすればその溝を埋めることができるのだろうか。
やっぱりそれは語り継ぐことでしか埋められないと思います。どうせ他人事だから、と諦めてしまわずに。ええ、どうせ他人事なんです。それは変えられようのない事実。でもそこを出発点に始めるしかないんです。
たとえ100%伝わらなくても、100%を伝えようとする努力を。
そのときテレビや新聞で見かけた顔の見えない誰かの「知識」が、今目の前で語っている、自分の知っている誰かの「経験」になり、そしてそれは自分の経験にすらなっていく。
思えば店主がどん底のとき、何人かの友人が自分の知っている中で一番苦労している知人のことを話してくれました。それは多分「私はあなたの痛みが判るよ」というメッセージだったと店主は受け取ってます。もちろんその友人自身が辛い経験をしてきたわけではありません。でもそうやって語られた、または身近に接して見てきた経験がこうして他の誰かの経験とつながって、支えることができたんです。

あの頃のしんどかった記憶を共有しうる同士は、店主にとって家族ではなく、あの当時の友人たちです。どこにもぶつけようのない本音を大いにぶつけさせていただきましたから。
確かに親とは同じ経験をしましたが、親ときょうだいとでは受け止め方は全く違っていたし、今でも死んだ子の年を数える数えないで衝突したりしてます。
もしかしたらもし本当に溝というのがあるのなら、それは経験した人としなかった人との間にあるのと同様に、経験者同士の間にもあるはず。たとえ同じことを経験したとしても、年齢や立場で受け止め方は異なって当然でしょう。
もしまた会える機会があったら、直接ありがとうと言わなきゃなりませんね。そしてあの当時の話を今ならできるかもしれません。みんな忘れてるかもしれませんが。

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